核を考える(1)
2006-11-14


まだ何も議論していないのに、論議をすること自体を禁ずるのは、論議の結果、「好ましくない結論」が出ることを恐れてのことだろう。しかし、このような立場の人々は、往々にして大勢で論争を交わし、集団としての意思決定や行動を大勢の赴くところに定める「自由で民主的な事の処し方」を嫌い、教条や独裁、独善的な指導による統治を好む。民主主義の敵だ。
 沖縄の米軍基地付き返還に絡んで、当時の佐藤栄作首相が1967(昭和42)年ころから、何度か国会などで言明し、沖縄返還が叶った71年には衆院で議決した、核兵器を「作らず、持たず、持ち込ませず」のいわゆる「非核3原則」は、すでに半世紀近くの風雪にさらされてきた。
 一方、東西冷戦下の「核恐怖による均衡論」の下に、止むことのない核武装拡張競争に歯止めをかけることを看板に、「核拡散防止条約=Nuclear Non-Proliferation Treaty=NTP」への模索が進み、1963年に国連で採択、70年3月に発効。日本も同年2月署名、76年6月に批准した。今年5月現在で、締約国は189カ国を数えている。こちらも、国連採択から半世紀近くが過ぎた。
 さて、この間に当然、「3原則」や「NTP」をめぐる情勢・環境は、大きく変わった。「NTP」は、1998年に、冷戦構造の崩潰・民族主義の復活を背景に、犬猿の仲だったパキスタンとインドが、ともに核実験と弾道ミサイル実験に成功、核保有宣言をして綻びを見せた。次いで、イランの核開発疑惑が取り沙汰される中の、今年10月10日、北朝鮮による核実験成功宣言である。
 もともと「NTP」には、敗戦後の復興めざましく、世界経済を牽引し始めた西独と日本の核武装を阻止し、1967年初頭時点で核武装国だった米・英・ソ・仏・中の5カ国だけに核兵器の保有を限り、その蔓延(proliferation)を防止しつつ、5カ国の核軍縮を推進する目的がこめられていた。
 だが核軍縮は、進むどころか核装備の高度化さえ見られる。原点回帰を狙った昨年5月の「国連NTP再検討会議」は、最終文書の採択もできず決裂した。これが「核環境」の現実である。(;)

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